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   俳優業は僕の"背骨"    俳優・上川 隆也(1)


◆存在するための拠り所

「趣味は読書。毎日のように何か読んでいます。純文学よりも、エンターテインメント系やミステリーが多いですね」
「趣味は読書。毎日のように何か読んでいます。純文学よりも、エンターテインメント系やミステリーが多いですね」(東京・東中野の「演劇集団キャラメルボックス」で)
 俳優という仕事は、僕の〈背骨〉かもしれません。頭で考え、感じたことが背骨を通って手足から表に出る。それがないと立てないし、外部とのアクセス手段も断たれる。僕が存在するための拠(よ)り所です。仕事を離れたら……何の特徴もない朴念仁なんです。

 俳優になったきっかけは単純です。大学二年の時、求人誌の小さなスペースに学校巡りのお芝居のスタッフ募集を見つけた。高校時代も何となく演劇部に顔を出してましたから、「裏方でお給金が頂けるなら」くらいの気持ちで応募しました。

 待っていたのは、自分たち八人のグループが舞台装置と一緒に一台のワゴン車に押し込まれ、一か月くらい転々と各地の小、中学校の体育館で「ああ無情」や「走れメロス」を上演する生活です。舞台上の役者から大道具の搬入、撤去まで、その八人でこなしてしまうんです。

 仲間同士、青春ドラマさながらのぶつかりあいもありましたし、色とりどりの頭をした中学生が最前列でチャチャを入れようと待ちかまえていた学校もあった。でも、終演後に片づけをしていると、わらわらっと集まってきて「良かったよ、また来いよ」と言ってくれたのもその子たち。あの時は、思わずガッツポーズが出ましたね。

 子ども相手の芝居はごまかしがきかない分、一生懸命にやれば必ずストレートな反応が返ってくる。僕はバイト三昧(ざんまい)の不まじめな学生でしたが、そんな濃密な時間を過ごし、お芝居が持つ力を目の当たりにしてものすごい充足感を得ることができた。それからですね。「本当にお芝居をやりたい」と思い始めたのは。

 当時は演劇について何も知らず、有名劇団の養成所を訪ねても試験があったり授業料がかかったりで、カツカツの生活だった僕には到底、無理だった。唯一、授業料をとらない「無名塾」もオーディションで惨敗。小劇場というジャンルがあることも、そのころ初めて知りました。でも、深夜テレビで劇団「夢の遊眠社」や「第三舞台」を見ても、今ひとつわからない。

 もともと僕は「宇宙戦艦ヤマト」に始まり、小、中、高校を通じて八〇年代前半の全作品を網羅するほどのアニメ好き。仲間とアニメーション製作に取り組んだほどですから、「物語は(アニメ作品のように)わかりやすくあってほしい」という思いがあった。

 そんな時、たまたま居酒屋で見かけたポスターのイラストの美しさにひかれて訪れたのが、「演劇集団キャラメルボックス」です。起承転結がよくわかる上にハートフルで、内心「これはアタリだ」と思っていたところ、次に見た作品はマンガを題材にしていて、僕にはまさにストライク。ちょうど男優を募集していたこともあり、導かれるようにして入団したんです。

◇かみかわ・たかや
 1965年5月7日、東京生まれ。中央大学在学中の89年、「演劇集団キャラメルボックス」に入り、現在も看板役者の一人。95年のNHK日中共同制作ドラマ「大地の子」の主人公・陸一心役に抜てきされ、TBSドラマ「陰の季節」やNHKドラマ「少年たち」などに主演。今年は、キャラメルボックスの全国ツアー「太陽まであと一歩」(関西では新神戸オリエンタル劇場で16日まで)で2年ぶりに舞台主演している。9月から斎藤晴彦との二人芝居「ウーマン・イン・ブラック〜黒い服の女」(関西では大阪・シアタードラマシティで9月9―17日)を全国7都市で公演する。
 モラトリアムな時間に過ぎなかった大学も辞めましたが、芝居で食っていく覚悟があったかというと、非常に怪しい。幸い実家にいることを何となく許されていましたので、アルバイトをしながら、芝居が出来る生活を楽しんでいましたね。

 それから五年。劇団代表の成井豊から突然、「NHKから出演依頼が来た」と聞かされた。内容を全く知らないまま「やれるものなら」と引き受けたのが、ドラマ「大地の子」です。ふたを開けてみると、これが大変な話だった。

(聞き手 西田 朋子)


   演技力引き出され陶酔    俳優・上川 隆也(2)


「想像もつかないような時代や環境を疑似体験できるのも、俳優だからこそ。貴重な経験を生かし、リアルな人間を演じたい」(映画「スパイ・ゾルゲ」から)
「想像もつかないような時代や環境を疑似体験できるのも、俳優だからこそ。貴重な経験を生かし、リアルな人間を演じたい」(映画「スパイ・ゾルゲ」から)
 日中共同制作のNHKドラマ「大地の子」(一九九五年)の前には、深夜枠で一回、テレビに出たことがあっただけ。中国残留日本人孤児である陸一心役のセリフはほとんど中国語で、丸暗記です。演技を離れると、話せなくなるんですが、十か月の撮影期間も後半になると、何となく聞き取れるようにはなっていましたね。

 あの演技は、言語指導をしていただいた中国人スタッフの銭波さんという方が、感情に即した抑揚から一挙手一投足に至るまで綿密に指導してくれたものだったんです。それと、それまでドングリの背比べのような状況でしか演技をしたことがない僕が、(中国人の育ての親を演じた中国の名優)朱旭(チュウシュイ)さん、(生き別れた実の父親役の)仲代達矢さんと共演させてもらったことが、ものすごくいい経験になりました。

 「ヨーイ、スタート」で段取り通り、決められた会話を交わすだけなのに、(作中の)人物がそこに実在している。お二人の力で、上川隆也を「陸一心」にしてもらうわけです。意図しない演技をすごい力で引っぱり出されるような、自分の立つ地平が限りなく引き上げられるような感覚を常に感じていましたね。一種、陶酔しているような、トランス感というのか……。

 その仲代さんに、「一つの作品を終えたら、次はなるべく距離を置いた役柄に取り組んだ方がいい」とアドバイスされました。僕の場合、いまだに「大地の子」の上川と言われ、そのイメージの延長線上にある役柄を与えられるケースも多い。

 確かにあれも僕の一部分で、評価されて素直にうれしいことでもあるのですが、仲代さんの言葉は、今も劇団を離れて外部で仕事をする際の(引き受けるかどうかを考える)判断基準になっていますね。

 僕が「キャラメルボックス」にもう十四年も在籍しているのは、「大地の子」以前の五年間を含めて、上川隆也という人間を判断できる人たちがいてくれるからかも知れません。

 間もなく公開される映画「スパイ・ゾルゲ」では、(主役の尾崎秀実=本木雅弘=を取り調べる)特高(特別高等警察)役で出ています。篠田正浩監督が、監督としての経歴にピリオドを打つと公言して臨まれた作品に、前作「梟(ふくろう)の城」で、(篠田作品に)初参加した僕を呼んで下さった。物語の句読点となりうる重要な局面を任されたと思うと、おろそかには出来ません。

 だからこそ、短い出番の中でも僕は特高という、強い権力を握った人間の流されやすさを表現しようと、自分なりに考えて臨みました。それを篠田監督が受け止め、自由にやらせて下さったのがうれしかったですね。



   頼るべきは「感じ方」    俳優・上川 隆也(3)


中年弁護士(斎藤晴彦=左)が、過去の幽霊体験に決別するために雇った若い俳優役を演じる上川隆也(1999年の舞台「ウーマン・イン・ブラック」から)
中年弁護士(斎藤晴彦=左)が、過去の幽霊体験に決別するために雇った若い俳優役を演じる上川隆也(1999年の舞台「ウーマン・イン・ブラック」から)
 今年から来年にかけて、舞台の仕事が続きます。僕はテレビや映画、舞台というジャンルにはこだわりませんが、お芝居そのものが出来ない期間が続くと、禁断症状みたいな感じになるんです。お芝居が負担になる事はありません。役者って、自分を客観的に見る目を絶対にどこかに持っていますから。だからこそ、バカもできる。

 今、演劇集団キャラメルボックスの公演「太陽まであと一歩」で全国ツアー中です。(作・演出の)成井豊は間(ま)を嫌うので、舞台中は体内時計の回転が速まりますね。もちろん、一劇団員として仲間と一緒に、舞台装置の仕込みやばらしもやります。何度もこなしてきたはずの公演ですが、地域によって意外な局面でウケが来るのも、巡業の楽しみの一つです。

 この作品には、初期のファンタジー作品から家族、そして死へと次第にテーマを現実的にしていった、劇団の二十年間の変遷が織り込まれています。演じ手にも、虚構からリアルなことまで封印してきた全表現法を再結集させ、舞台にのせる楽しさがある。この作品が、僕らの転換点になる予感がします。

 九月からの斎藤晴彦さんとの二人芝居「ウーマン・イン・ブラック」は、ある男が過去の恐怖体験を芝居仕立てにすることで向き合おうとするが……という英国のスリラー作品で、四年ぶりの再演です。僕は二役、斎藤さんは七役もありますが、その演じ分けが実に鮮やか。舞台に二人だけという緊張感を全く感じなかった。この四年に熟成したものを持ち寄って何を生み出すか。今から楽しみです。

 このお芝居では、僕らが提示したイメージを、観客が三倍にも四倍にも増幅して恐怖感を募らせて下さるのが、舞台上から手に取るようにわかる。誤解を招く言い方かもしれませんが、お客様にうまく信じ込ませた時は、快感があります。

 けいこ場に綿密な下準備をして臨む方ではないんです。この作品も、英国でオリジナル版を見て雰囲気を確かめた程度。時代劇でも、現場で殺陣や乗馬を教わる場合が多いですね。

 来年五月、東京・明治座で座長として司馬遼太郎さん原作の「燃えよ剣」に取り組みます。えらい題材にぶち当たりました。新選組の土方歳三は、キャラメルボックスのオリジナル作品「風を継ぐ者」(九六年)でも演じましたが、当時のイメージソースも「燃えよ剣」。何度も読み返した大好きな作品です。近藤勇と新選組への愛情ゆえのコワモテ加減を、人間味豊かにみせたいですね。

 役柄へのアプローチは、その人物の強く表現すべき部分を自分の中から見つけ、伸ばしたり縮めたり変形させたりです。だから、どの役柄も自分と共通していますし、誇張のいかんで自分でない者になります。

 新人時代、成井豊が「違う人物になろうとしても無駄なあがき。頼るべきは、自分がどう感じたかだ」と教えてくれた。その言葉が今も基本。つくづくキャラメルボックスから歩き出した人間なんだと思いますね。(終わり)


 

 


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