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中年弁護士(斎藤晴彦=左)が、過去の幽霊体験に決別するために雇った若い俳優役を演じる上川隆也(1999年の舞台「ウーマン・イン・ブラック」から) |
今年から来年にかけて、舞台の仕事が続きます。僕はテレビや映画、舞台というジャンルにはこだわりませんが、お芝居そのものが出来ない期間が続くと、禁断症状みたいな感じになるんです。お芝居が負担になる事はありません。役者って、自分を客観的に見る目を絶対にどこかに持っていますから。だからこそ、バカもできる。
今、演劇集団キャラメルボックスの公演「太陽まであと一歩」で全国ツアー中です。(作・演出の)成井豊は間(ま)を嫌うので、舞台中は体内時計の回転が速まりますね。もちろん、一劇団員として仲間と一緒に、舞台装置の仕込みやばらしもやります。何度もこなしてきたはずの公演ですが、地域によって意外な局面でウケが来るのも、巡業の楽しみの一つです。
この作品には、初期のファンタジー作品から家族、そして死へと次第にテーマを現実的にしていった、劇団の二十年間の変遷が織り込まれています。演じ手にも、虚構からリアルなことまで封印してきた全表現法を再結集させ、舞台にのせる楽しさがある。この作品が、僕らの転換点になる予感がします。
九月からの斎藤晴彦さんとの二人芝居「ウーマン・イン・ブラック」は、ある男が過去の恐怖体験を芝居仕立てにすることで向き合おうとするが……という英国のスリラー作品で、四年ぶりの再演です。僕は二役、斎藤さんは七役もありますが、その演じ分けが実に鮮やか。舞台に二人だけという緊張感を全く感じなかった。この四年に熟成したものを持ち寄って何を生み出すか。今から楽しみです。
このお芝居では、僕らが提示したイメージを、観客が三倍にも四倍にも増幅して恐怖感を募らせて下さるのが、舞台上から手に取るようにわかる。誤解を招く言い方かもしれませんが、お客様にうまく信じ込ませた時は、快感があります。
けいこ場に綿密な下準備をして臨む方ではないんです。この作品も、英国でオリジナル版を見て雰囲気を確かめた程度。時代劇でも、現場で殺陣や乗馬を教わる場合が多いですね。
来年五月、東京・明治座で座長として司馬遼太郎さん原作の「燃えよ剣」に取り組みます。えらい題材にぶち当たりました。新選組の土方歳三は、キャラメルボックスのオリジナル作品「風を継ぐ者」(九六年)でも演じましたが、当時のイメージソースも「燃えよ剣」。何度も読み返した大好きな作品です。近藤勇と新選組への愛情ゆえのコワモテ加減を、人間味豊かにみせたいですね。
役柄へのアプローチは、その人物の強く表現すべき部分を自分の中から見つけ、伸ばしたり縮めたり変形させたりです。だから、どの役柄も自分と共通していますし、誇張のいかんで自分でない者になります。
新人時代、成井豊が「違う人物になろうとしても無駄なあがき。頼るべきは、自分がどう感じたかだ」と教えてくれた。その言葉が今も基本。つくづくキャラメルボックスから歩き出した人間なんだと思いますね。(終わり)
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